トピックス

メリーキッズで毎月発行しています「めーるきっず通信」のなかから
看板娘 ゆみこさんの記事を随時紹介していきます♪

いつの間にか世界一厳しくなった ー なぜ、日本人は遅刻に厳しいのか〜?! ー

新年、第1弾の「めーるきっず」です。
今年も、いろいろな情報がお届けできるようにと願っています。どうぞ、みなさまよろしくお付き合いください!!

さて昨年末、早めに仕事を切り上げ極寒のドイツに飛びました。ドイツ・ミュンヘン市内あちこちの通りで開催されている「クリスマスマーケット」をはしごしたり、ちょっと雪山散策をと現地の方に誘われるまま、気がつけば2500m級のドイツアルプスに登ってみたり、もちろん本場のビールもホットワインも味わい、毎日「寒いな〜!!」を、連発しながらも楽しいひとときを過ごして参りました。

帰国後は、駆け足で新年に突入してしまいましたが、またまた今年も2月は例年通りニュールンベルグの「国際おもちゃ見本市」に出発します。…と言うわけで、今月も、みなさまのお手元にこの通信が届きます頃には、再び寒〜〜いドイツに飛んでる私です!!!

さて、いきなりですが「日本人はなぜ遅刻に厳しいのか?」と言う、おもしろい原稿を見つけましたので、年の初めに「日本人と時間意識」についてお届けしようと思います。

『仕事や人との待ち合わせには時間通りにちゃんと行く。これが多くの日本人の一般的な感覚だが、一方、諸外国では少し違うようなのだ。そのわかりやすい例が鉄道の定時。日本では新幹線が「定時に遅れる」というのは1分以上を指すが、ほかの国では1分なんて遅れたうちに入らない。『定刻発車 日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか』(三戸祐子/新潮文庫)によると、イタリアで「定時に遅れる」とは15分以上を意味し、英国は10分以上で、ドイツも5分以上。他国では30分以上の遅れなどめずらしくもなく、それでも乗客は悠然とホームで新聞を広げ、日本人だけがイライラしたりしているという。

なんで日本人はこれほどまで遅刻や時間にうるさいのか。
一説には日本人の気質とか国民性ともいわれるが、じつは、日本人も初めから時間にうるさかったわけではない。『遅刻の誕生』(橋本毅彦・栗山茂久編/三元社)によれば、「明治初期に科学技術を日本に伝えにきたオランダ人技師たちは、時間をまったく守らない日本人の悠長さに呆れ、困り果てていたという。しかも、それは時計がない時代だったからというだけでもない。定時法の導入や時計の普及など、西洋の近代的な時間システムをとり入れたあとも、まだ日本の鉄道では30分ぐらいの遅れはあたりまえだったし、工場では労働者の遅刻が横行。そこで米国生まれの科学管理法を導入したり、大正期には政府が「時の記念日」を制定し、国を挙げて時間規律の浸透に力を入れた。その結果、ようやく鉄道や工場で時間が守られるようになっていったのが昭和初期、わずか80年ほど前のことにすぎないのだ」。

上記の文章から、へぇ〜そうだったんだと感心したり、ふんふんと思い当たることがある方はいらっしゃいませんでしょうか?

その昔、日本人の悠長さに世界が呆れたと言うのは、いささか意外な感じもします。特に海外にいますと、しょっちゅう止まる鉄道に悩まされたり、閉店時間だけが厳守されているお店にあきれたり等など、「時間」を巡って、最後は笑うしかないと言う経験を何度もされたことがあるのではないでしょうか?

そう言えば、真面目で厳格と言うので有名なドイツ人でさえも、『アカデミックな遅刻』という愉快な話があります。それは、「アカデミックな人は、なぜかいつも約束時間から15分は遅れて来るので、15分以内の遅刻に関してはアカデミック遅刻と言って、最初から怒らないで理解しましょう」という、寛大な時間感覚が生活にしっかり定着していて驚いたことがあります。もちろんこれは言い換えれば、「15分が我慢の限界」と言うことにもなりますが・・・。なぜか、ほとんどのドイツ人たちが悠然と口を揃えて、「アカデミックですから・・・」と、笑っているのを見ていますと、せかせかしているのは日本人だけかなぁ〜なんて思ったりもします。

また底抜けの明るさでお馴染みのイタリアでは、「良きにつけ悪しきにつけ、時間はあって無いようなもの…」と言うのが定説だそうで、口を開けば挨拶代わりに、「ノンプロブレム、明日のことはわからない〜!」と、満面の笑みで言われてしまうと、時間ばっかり気にしているこちらの方が、おかしいのかも〜と思ってしまいます。

このように、世界が変われば価値観も変わるではありませんが、人が、「時間」とどのように仲良く付き合っているかを知るだけでも、ホンのちょっとですが、訪問した国で居心地良くなれるのかも知れません。

もっとも、同書によると、その時間規律が日常の仕事の現場や日本人の生活レベルでどんなふうに定着していったのか、明確な答えはまだ出ていないらしく、わかっているのは、そのむかし、時間に対して「おおらか」だった日本が、いつの間にか世界一「厳しく」なってしまったと言うことです。
もちろん、いいことだとは思うのですが、はてさて近代日本でこの先「時間」と仲良くなるというのは、どんなことを示唆しているのでしょうか??

そう言えば、年末のドイツ行きではスリリングなことが多発しました。悪天候で飛行機が次々遅れる事態が、ヨーロッパ全土で起こり、私たちが日本を出発した日も、フランクフルトからの飛行機の到着が遅れ、日本を飛び立ったときにはすでに1時間近くの遅れが生じていました。その上、現地での乗り継ぎ便の出発の可能性が最終便まで無く、すでに日本を出る前から変更で、その日の最終便が運良く出れば、移動できると言う厄介な事態になっていました。
要するに、たった40分ほどの飛行時間でたどり着けるミュンヘンへ移動するために、私たちは6時間以上もフランクフルト空港で乗り継ぎ便を待つことを覚悟の上での出発だったという訳です。

自然現象による時間変更だけは、どうにも手のつけようがありません。最悪はフランクフルト空港で1泊もありの事態でしたが、幸いにも現地時間10時過ぎにミュンヘンに向かって飛ぶことができました。

さて、ここで、最初からわかっていてもイライラするのは日本人。
どうにも仕方ないからと、そのままをすんなり受け入れるのは??

空港カウンターのおじさんたちも、長時間待たされることになった私たちに、「お気の毒」とは言わず、「ゆっくり楽しんでね!ではまた、6時間後に会いましょう〜!」と笑顔で見送ってくれました。遅れたことの説明が何度も放送で流れたりすると、気分が憂鬱になりますが、どうもここではそんなことは微塵もなく、おかげで6時間目一杯、空港内で出発時間まで、愉快に過ごすことができてしまったのです。

そして、極めつけはミュンヘンへ向かう機内放送で、「みなさまには変更によるご迷惑をおかけしました。機内の座席は余裕がありますので、どうぞゆっくりとお好きなだけ空いているシートお使いくださいませ〜!」でした。

「時間厳守」についての解釈はともかく、「時間」との付き合い方については大いに学ぶモノがあるのかも知れません。

1月は行く、2月は逃げる、3月は去る・・・。
先人たちは、このように年明けの忙しさを例えています。

アッと言う間に消えていく「時間」との付き合い方、みなさま、それぞれにお楽しみくださいませ。

「時間」と仲良くしているうちに、世界に通じる「おおらかさ」をまた、再発見することができるかもです!!

〜たちのゆみこ〜