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『めーるきっず+100』 吹き荒れたモンテッソーリ旋風 ーなぜ、いま、モンテッソーリ教育なの〜?!

14歳の天才棋士の登場に、普段、「将棋」とは、全くと言って関係ない私たちも、ドキドキした感覚を持ち、毎日のニュースを見ながら、にわか将棋ファンになった方も多かったのではないでしょうか?

14歳の中学生が、勝ち進んでいくたびに、日本中が一喜一憂し、そして、プロ戦29勝の連覇がなされた時には、この連勝が、願わくば、この先も、ずっと続けばいいのにな〜と思った方も、たくさんおられたことでしょう。

一戦、一戦を終え、静かにインタビューに答える少年の姿を見るたびに、内心、『なんて、お利口さんで、礼儀正しいんだろう?』『えぇ〜、本当に中学生なの〜?』『この落ち着きはどこから〜??』など、少年の仕草や振る舞いから、世の多くの親たちは、我が子との違いにため息をついていたかもしれません。

そして、また、あれよあれよ〜という間に、少年が、小さい時に遊んだという大好きだったブロックのおもちゃが紹介されたり、通っていた幼稚園で受けた教育までが、クローズアップされるようになりました。

おかげで、何年も売れなかったスイス製の木製のおもちゃに、注文が殺到したり、通っていたと言う『モンテッソーリ教育』って何だろうとの問い合わせに、巷は、てんやわんやでございました。
本当に、世の中は不思議です。

「将棋」そのもとはまるで違う視点で、今、目の前にいる14歳の少年が、どんな成長を遂げてきたのか、ましてやどんな子どもだったのか(まだ、14歳なのですが・・・)までが、巷では、ニュースになってしまうのですから、その騒ぎは、相当でございます。
しかしながら、火中の少年は、一体どんな思いで、インタビューに答えていたのでしょうか?

29勝で止まった連覇に、本人曰く、「連勝とはいつかは破られるものですから〜」と、淡々と答えていた姿を見た時、さすがに腹の座ったプロといった印象で、巷の大騒ぎを度返しした根性の人と敬服いたしました。
かく言う中学生プロ棋士とは、「藤井聡太くん」ですが、彼が育った幼稚園が、『モンテッソーリ教育』だったということで、私の周辺でも、想像以上にモンテッソーリ旋風が吹き荒れました。

『モンテッソーリ教育』とは〜??

その理論を、ひと言で括るのは難しいですが、どんな場面に於いても、子どもたちの自主性を尊重し、納得いくまでの繰り返しを積み重ねながら、それぞれのペースで学んでいくことができる環境を保証しているのが、基本的なモンテッソーリ教育の特徴です。
さらに、この環境の大きな特徴としては、異年齢の集団が用意され、子どもたちは年齢や経験による序列ではなく、互いに自由と規律を学びながら、それぞれが自信をつけて、前に進んでいくことができるように工夫されています。これらの経験の積み重ねを土台に、子ども自身が納得いく中で、学びを実践し必要な体験を繰り返していくことができるように、整えらています。

要するに、大好きなことを見つけた時には、誰もが、納得するまで繰り返しができることや、仮に難しくて手に負えないと感じたとしても、完成までの時間は、個々の必要に応じて保証されているため、「できない〜」と感じる、不安を最小限に止めることができるなど、あくまでも、学びの主導権が、学ぶ側の子どもにあることなど、一人ひとりが大切にされていることが実感できる環境なのです。

少年棋士誕生の背景に、幼少期のこのような経験の積み重ねがあったとすれば、大きな影響を与えていたのかもしれません。

藤井少年の母もインタビューに答えて「子どもが好きなことを見つけた時は、黙って、それを見ていた」と。

彼の棋士としての能力がいつ頃から開花したのかは、わかりませんが、やりたいと思ったことを、最後まで納得してやり通すことができたことが、現在の彼の成長の基本となっているなら、幼少期に受けた藤井少年の教育環境が、彼に与えた影響は、間違いなく大きいと言えるでしょう。

では、なぜ、『いま、モンテッソーリ教育なの〜?』かを、考えるきっかけとなった一連の藤井現象の背景に、現代の子育てそのものの不安が、大きな要因としても考えられるかもしれません。

どうすれば、賢く育つか?
どうすれば、思い通りに育つか?
どうすれば、成功するか?

子育て真っ最中の親御さんたちを、悩ませている多くの要因の中には、子どもたち自身の成長より、他者の目から見たときの出来不出来による成長要因が、多く含まれているような気がすることが度々あります。

例えば、教育に求める成果が、効能書きのような即効性であったり、数字に表される具体的効果であったり、まるで毎日の体重の推移を測るように、増えた、減った、出来た〜、やった〜の繰り返しの中での子育てに、みなさんは、きっと、かなり疲れておられるのではないでしょうか?

モンテッソーリは考えます。
子どもたちが、この世に生を受けた時には、それぞれが、たくさんの宝物を持って家族の元にやってきていると。

ただし、それらは、効能書きのような「力」ではないため、教えられたことがなくても、子どもたちに発揮できる能力が、もともと潜んでいることに気づけない大人もたくさんいるのです。

例えば、それは、「秩序感」や「敏感期」という、子どもたちが集中してものと取り組む時には、決まって必ず現れる成長を支える基礎となる力なのです。

モンテッソーリ自身の体験からも、子どもが大きく成長するのは、大人に教えられたことを全うするときよりも、子ども自身が、本当にやりたいと決めたことを、最後までやり遂げたときにあると言います。

このように子どもたちの成長に潜む力にこそ、大人は、もっと、もっと気づくべきなのかもしれません。

ただし、子どもがやりたいと思うことを、思った通りにさせるだけでは、成長はありません。そこには守るべきルールがあり、互いに尊重できる信頼の関係も必要となります。

本当の意味で、子どもたちの成長にとって大切なのは、好きなことが好きなようにできることよりも、少し負荷があっても、乗り越えようとしたときにこそ現れる力なのです。

なぜ、いまモンテッソーリ教育なのか〜?!

あわよくば、我が子はみんな天才〜と思いがちですが、日本将棋界に現れた、14歳の天才棋士の登場とともに、子どもたちが生命の誕生とともに持っていたはずの、成長の「力」とは何かを、再考してみる必要がありそうな気がした、今回の、モンテッソーリ旋風でございました。

たちのゆみこ